フリースペース

日常のニュースを思うままに発信します。

*

在宅フリーランスについて、育児の面から考えてみた

      2015/07/16

我が家は、すでにご承知の通り、私の病気のせいで、子どもがまだ小さい頃から、私が家にいる生活になっていました。その分、2人の娘とは多くの時間を一緒に過ごしてきました。妻が働きに出ているので、私の方が一緒に過ごした時間は多いほどです。まだ小さかった娘たちも、大きく成長し、長女は、現在、就活中の女子大生です。

在宅フリーランスとして、2人の娘を育ててきた経験から、在宅フリーランスという働き方について、育児の面から振り返ってみることにしました。

スポンサードリンク

在宅フリーランスになった経緯

これは、何度か過去記事でも触れているのでご存知の方も多いとは思いますので、ここでは、ザックリとした経緯について触れることにします。


私が会社勤めのエンジニアとして、バリバリと働いていた頃、突然、クローン病という難病を患ってしまいます。当時は、クローン病患者が国内で20万人ほどと少なく、インターネットでクローン病の記事を読んでは絶望したものです。その後、検査入院、経過観察の通院時は、会社員として傷病手当を受給しながらの生活でした。

傷病手当の受給が切れるギリギリまで、会社員として復帰するトレーニングを続け、一度は会社復帰を果たしますが、毎日の通勤ラッシュに身体が耐えられず、在宅フリーランスとして歩むことになったのです。

当時の在宅フリーランスの実情

まだ世間はノマドブームが来る前の話です。安藤美冬さんらの啓蒙活動で、ノマドという生き方が礼賛され、日本は一時、空前のノマドブームが訪れました。しかし、多くの人はノマドという生き方の大変さに気付き、早いうちに挫折し、社会復帰をすることになります。

私は、それ以前から、在宅フリーランスとして働いていましたので、ノマドブームには警鐘を鳴らす立場でした。今でも、病気などの特別な事情を除いて、会社員として働く方が、フリーランスで生きて行くよりも、ずっと楽だと思っています。ノマドブームのおかげで、在宅の人も外で働けるようにコワーキングスペースや、ネットと電源を完備したカフェなどが増えたことには感謝しています。

新しい働き方としてのフリーランスをサポートするために、クラウドソーシングなどが普及したことで、私がフリーランスになった当時より、少しは便利になった気がします。それでも、私は会社員として働く方が楽だと断言します。

私がフリーランスになった当時は、それまでお世話になっていた会社の社長から、外注として仕事をもらう他、その会社で働く以前にSIerとして働いたころのコネや人望を使って、仕事をもらうのに必死でした。インターネットでの仕事探しも可能でしたが、トラブルも多く敬遠するようにしていました。

在宅フリーランスになって良かったと思うこと~その1

我が家の長女は、しっかりもので自慢の長女です。小学校の頃から、面倒見がよく、いじめられている友達がいたら、黙っていられない性格でした。そんな長女が、中学2年生になったある日、学校から泣きながら帰ってきたのです。ちょうど、翌日から夏休みという暑い日でした。事情を聴くと、厳しい非体育系の部活に所属していた娘が、その性格を理由に部活が一緒のクラスメートから、仲間外れにされたというのです。担任の先生も、経緯を知っていて、家に連絡をしてくれました。

幸い私が家にずっといましたので、長女からも事情を聴き、長女の悪い部分は悪いと指摘し、そこは謝って許してもらおうという話をしました。その際の約束事で、毎日キチンと報告すること、対策は一緒に考えること、自棄になって死ぬのはダメだということを約束しました。

それと同時に、もしどうしてもダメだと思ったなら、私はどこでも仕事ができるから、誰も長女の事を知らない場所に引っ越して、1からやり直しても良いという覚悟を伝えました。もし会社員で、仕事をバリバリしていたら、長女の異変に気付かなかったかもしれません。共働きで2人とも留守にしている時に泣きながら帰ってきた長女が、自棄になっていたらと考えると、ゾッとします。

その後、長女は夏休みの部活中に、友達に頭を下げ続け、許してもらうことができました。仲間外れにしたリーダー格の子が、夏休み中に引っ越していなくなったこともラッキーでした。亡くなった私の親父が、長女を守ってくれたと感じた瞬間でした。

在宅フリーランスになって良かったと思うこと~その2

次女は、小学校に入るまでは、協調性、社交性に問題がある子でした。しかし、小学校に入ってからは、多くの友達に恵まれ、楽しい日々を過ごしていました。

娘たちが通う中学は、隣の小学校と合同になる中学校でした。娘たちが通っていた小学校は、近所でも評判の良い小学校でしたが、隣の小学校は荒れていると評判になっていました。先に中学校に進学した長女も、同じ小学校出身の子が何人も中学になって不登校になったり、転校したりしていると教えてくれました。

私は、次女のことが心配になりました。ちょうどその時、たまたま買い物で立ち寄ったスーパーに、隣の小学校と合同であるスポーツチームを作ったのでメンバー募集中という広告を目にしたのです。
「次女にこのスポーツをさせよう」
私の突然の思いつきに妻はただ驚くばかりでした。次女に話すと興味を持ってくれたようで、早速見学することに決めました。小学校のうちに、隣の小学校に友達を作っておけば、中学に進んでも大丈夫…そんな単純な思い付きから始めたスポーツでした。私もそのスポーツの経験はなく、ルールなどについてはネットで調べる毎日でした。同じ学年の子は、隣の小学校の子ばかりという状況の中で、仲良くなってもらうには上達するしかありません。こうして、次女と2人3脚でのトレーニングの日々が始まりました。

次女は中学に入る頃には、すっかり体育会系の思考になっていて、そのスポーツの部活に仲間たちと一緒に入りました。今は高校生ですが、県内屈指の強豪校に進学して、未だにそのスポーツに励んでいます。

次女がそのまま長女の後を追って非体育系の部活に進んでいたら、今の次女はありませんでした。もしかしたら、中学校でイジメに遭い、不登校になっていたかもしれません。時間の都合がつけやすかった在宅フリーランスだったおかげで、毎日のように娘とトレーニングできたのです。

在宅フリーランスになって良かったと思うこと~その3

ある日、仕事帰りの奥さんから電話がかかってきました。
「転んじゃった…」
そう伝えられた私は、膝でも擦りむいたのだろうと、消毒液を準備して奥さんの帰りを待っていました。しかし、なかなか奥さんは帰ってきません。心配になって、バス通りまで様子を見に行くと、片足を引きずるように帰ってきている奥さんの姿がありました。その姿は、当時、ハマっていたバイオハザードのゾンビのようでした。

急いで駆け寄ると、ズボンの膝の部分は破れ、尋常ではない出血が確認できました。話を聞くと、転んだ時にブロックの角に膝をぶつけ、パックリいったそうなのです。慌てた私は、外科に連れて行くことにしましたが、病院嫌いの奥さんは断固として拒否します。そんな奥さんを、なだめながら外科に連れて行き、夕方で込み合う待合室で必死に奥さんをなだめ続けました。2時間ほど待たされたでしょうか。病室に入ると、緊急手術の準備がされ、結局、膝を8針も縫う重傷でした。

私が会社員で、留守にしていたら、奥さんは1人では絶対に病院に行かなかったと思います。そうなっていたら、奥さんは片足を失っていたでしょう。実際、病院に連れて行っても、翌日から数日は、発熱にうなされていたほどです。本当に、在宅フリーランスで良かったと思いました。

在宅フリーランスになって悪かったと思うこと

私が、在宅フリーランスになって悪かったと思うことは、ここには書ききれないくらいに沢山あります。例えば、家などを購入しようと思っても、ローンが組めなかったり、クレジットカードを作ろうと思っても審査が通らなかったりなどがあります。

フリーランスになった当初は、職業欄に何て書けばいいか迷ったことが山ほどあります。娘の学校などの調査で父親の職業欄などは、特に悩みました。

家庭訪問や学校の進路相談、参観日などは、いつも私が行くため、何度、怪訝な顔をされたことかわかりません。

仕事面では、自由に最新技術を試せるため、そういった面での苦労はありませんでした。しかし、いつも孤独な作業になるので、かなりしんどい思いを経験しています。チーム開発のノウハウなども進歩していますが、そういった知識は、試すことができないため、取り残された感があります。たまに、昔の仲間との飲み会に声をかけられると、技術談議に花が咲き、帰るのがいつも終電ギリギリになってしまいます。それほどまでに、技術談議に飢えていたのです。

娘たちへの影響

これが一番心配です。娘たちは、元気に育ってくれたおかげで、いつかは嫁に行くことになると思います。その時の旦那さんが、仕事一筋で、家庭を顧みない前時代的な人だったら、娘は私と旦那さんを比較して不満に思うことでしょう。

しかし、そういった家庭こそが普通であると教えることができなかったのです。国民的アニメのサザエさんやちびまる子ちゃん、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、どれを見ても、旦那様が働いて、奥さんは家庭で専業主婦になっています。

今では、共働き世帯が増加しているため、国民的アニメも時代遅れになってきています。共働き世帯の増加と共に、イクメンパパという言葉も生まれて、子育てに協力的な旦那さんを増やそうと頑張っています。しかし、現実は、旦那さんの育児休暇はなかなか認めてもらえず、休日だけイクメンパパという人も少なくありません。

娘たちが結婚するまでは、まだ少し時間がありますので、是非、共働き世帯を支援する制度の充実を願うばかりです。

もし病気にならなかったら…

私が、もし病気になっていなかったなら、今でも会社員を続けていたと思います。最後に勤めていた会社は、それほどまでに居心地がよく、素晴らしい仲間に囲まれていました。会社自体はベンチャーだったので、色々な制度は、これから作っていく感じでした。社長よりも年上で、一番初めに退職金を受給することになったであろう、私にとっては、退職金制度がどうなるかが唯一の心配事でした。

色々とアイデアも持っていますので、仲間たちと起業していたかもしれません。社内起業という形になったか、独立して起業するという形になったかはわかりません。しかし、起業したら協力してくれるという友人たちもSIer時代から多くいました。慕ってくれる仲間たちのために、何かしたいという思いは強く持っていました。

在宅フリーランスという生き方は、まだまだ大変なことばかりです。病気でなかったら、きっと、こんな生活は長続きしなかったでしょう。そもそも、在宅フリーランスという生き方自体を選択しなかったと思います。
しかし、最近、このブログを始めて、新しい繋がりが生まれるようになってきました。この新しい繋がりが、今後の私の人生にどのような影響を与えるかは、まだわかりません。ただ、ハッキリと言えるのは、ブログを始めて良かったと思います。まだまだアクセス数も少ない、発信力のないブログですが、このブログがもたらせてくれるもの如何では、在宅フリーランスという生き方も良いものだと思えるようになるかもしれません。そんな日を夢見つつ、今日も記事の作成に精進しています。

 - 育児

        

広告

広告

  フォロー、いいねをお願いします

follow us in feedly

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code class="" title="" data-url=""> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <pre class="" title="" data-url=""> <span class="" title="" data-url="">

  関連記事

By: MC Quinn
個人情報漏えいは問題ですが、赤ペン先生は子どもに自習する習慣をつけるのに最適な方法

ベネッセといえば進研ゼミの赤ペン先生を想像します。それほど、赤ペン先生のイメージ …

By: Kelley Conkling
マクドナルドのプレイランドで子どもの社交性、協調性を育成した話

マクドナルドの店舗には、子どもを遊ばせることができるプレイランドを併設しているお …

By: US Army Africa
2人の娘を持つ父親として、少女連れ去り事件に思うこと

奈良県香芝市のリサイクルショップで小学校6年生になる女の子が連れ去られる事件。無 …

By: Eli Christman
子供にとって最大の試練!補助なし自転車に簡単に乗れるようになる方法

私は、病気でフリーランスになり、自宅で作業をするようになったのは、上の娘が小学校 …

By: Spirit-Fire
2人の娘の育児とイジメ問題。岩手県のイジメ自殺問題に思うこと

岩手県の中学2年生がイジメを苦に自殺した問題がニュースをにぎわせています。担任の …

By: Shane Adams
趣味を仕事にするか、仕事と趣味は切り分けるべきか、娘の進路相談

私は、今、フリーランスのWEBエンジニアをやっています。その前は、会社でWEB開 …

By: Jane Rahman
2人の娘を溺愛する父親が、娘の彼氏に思うこと

娘には、彼氏がいます。今までにも、何人かお付き合いした人がいるようです。幸いなこ …